東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)76号 判決 1983年3月15日
東京都渋谷区道玄坂二丁目二九番一九号
原告
北新建設株式会社
右代表者代表取締役
塚野省吾
右訴訟代理人弁護士
高橋亘
東京都渋谷区宇田川町一丁目三番
被告
渋谷税務署長
中野猛夫
右指定代理人
布村重成
右指定代理人
池田準治郎
同
加納努
同
前原真一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五一年六月三〇日付で原告の昭和四九年五月一日から昭和五〇年四月三〇日までの事業年度(以下「本件年度」という。にかかる法人税についてした更正のうち租税特別措置法(以下「措置法」という。)六三条一項に規定する土地の譲渡等にかかる譲渡利益(以下「課税土地譲渡利益」という。)の金額にかかる部分(審査裁決によって維持されたもの)及び過少申告加算税賦課決定のうち七万六、四〇〇円を超える部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告の本件年度にかかる法人税についての課税の経緯は別紙のとおりである。
2 しかしながら、被告の前記更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件処分」という。)は、本件年度において原告に課税土地譲渡利益が存在しないのにこれが存するものと認定して行った違法があるから、右更正のうち課税土地譲渡利益金額(審査裁決によって維持された部分)及び右決定のうち右譲渡利益金額に対応する七万六、四〇〇円を超える部分の取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
請求原因1は認め、同2は争う。
三 被告の主張
1 原告の本件年度における課税土地譲渡利益金額六、八〇九万(一万円未満切捨て)は、原告がその所有する東京都世田谷区上用賀四丁目八七番一及び同番二の各土地合計二一一一・七六平方メートル(以下「本件土地」という。)を昭和四八年九月二九日に株式会社西武百貨店(以下「西武」という。)に対し売渡したことにより生じた八、〇二一万七、八六四円及び同区駒沢二丁目四二番一の土地一二二六・九九平方メートル(以下「駒沢の土地」という。)を同年一〇月九日に株式会社東急百貨店(以下「東急」という。)に対し売渡したことにより生じた又損一、二一二万七、五八七円の合計額である。
2 本件土地についての課税土地譲渡利益金額の算定根拠は次のとおりである。
(一) 収益の額 三億七、三六九万八、〇〇〇円
原告が前記のとおり西武に対して売渡した本件土地の売買代金額(以下「本件土地代金額」という。)である。ただし本件土地はその地上に建築中の地上三階塔屋一階建鉄筋コンクリート造共同住宅(以下「本件建物」という。)を完成させる約定のもとにこれと一括して代金総額六億八、九六九万三、四〇〇円で売渡され(以下これを「本件売買」という。)、昭和四九年六月三日に引渡しが完了しているが、本件土地代金額はこのうち本件土地の譲渡の対価に相当する部分であり、これは本件売買ののちに本件土地及び本件建物の売買代金(建物については完成までの工事請負代金を含む。以下同じ。)を個別に明らかにする趣旨で、原告と西武との間で別途作成された本件土地に関する売買契約書に記載されている金額である。
(二) 原価の額 二億四、〇三七万一、五八六円
原告が本件土地を昭和四八年二月二八日に株式会社長谷川工務店(以下「長谷川工務店」という。)から取得した際の代金額二億二、八六四万九、八〇六円と右売買にかかる仲介手数料六八五万円等合計一、一七二万一、七八〇円の合計額である。
(三) 負債利子の額 一、三二六万二、〇七一円
(四) 販売費及び一般管理費の額 三、九八四万六、四七九円
3 原告の本件年度の法人税について、審査裁決により認定された所得金額四、〇九〇万四、〇一六円と原告の確定申告にかかる所得金額三、七〇六万六、五一三円との差額及び前記課税土地譲渡利益金額については、国税通則法六五条一項により過少申告加算税の対象となるが、審査裁決により認定された法人税額二、六八八万一、〇〇〇円と原告の申告税額一、一七三万三、二〇〇円との差額一、五一四万七、〇〇〇円(同法一一八条三項により端数を切捨てたもの。)に一〇〇分の五を乗じて得られた七五万七、三〇〇円(同法一一九条四項により一〇〇円未満を切捨てたもの。)が原告の納付すべき過少申告加算税の額である。
4(一) ところで本件土地代金額は、本件売買ののちに西武が、昭和四八年法律第一六号により設けられた措置法六三条三項六号に規定する課税の軽減措置を受けるための本件建物の新築が優良な住宅の供給に寄与するものであることについての東京都知事の認定(以下「優良住宅の認定」という。)を得るにあたり、本件土地と本件建物の譲渡について個別の契約書が必要であったことから、原告に対し「社内事務処理上により」との理由を述べて両物件の各売買代金の内訳を明らかにしその旨の契約書を作成するよう依頼したのに基づき、原告が本件土地の譲渡価額に相当する金額として提示したものである。
すなわち、原告は西武の右の要請に応じて、本件建物の新築工事代金を三億一、五九九万五、四〇〇円とする見積書を西武に提出し、これに基づき西武と原告は本件建物を右代金額(以下「本件建物代金額」という。)で建築する旨の請負契約書(以下「本件請負契約書」という。)及び本件土地を本件売買の代金総額から本件建物代金額を控除した三億七、三六九万八、〇〇〇円で売買する旨の売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)をそれぞれ本件売買のあった日である昭和四八年九月二九日付で作成したのであり、これによって本件土地及び本件建物の各譲渡価額が明らかにされたというべきであって、本件土地代金額は本件建物代金額とともにいわゆる「土地重課制度」をも知悉していた原告の責任と判断で決定されたというべきである。
(二) そして本件建物代金額は原告にとって本件建物の建築工事代金として妥当な金額といいうるものであり、したがって本件売買の代金総額六億八、九六九万三、四〇〇円からこれを差引いて決定された本件土地代金額も本件土地の譲渡価額として合理性をもつものである。
(1) すなわち、原告は、前記のとおり長谷川工務店から本件土地を取得し、昭和四八年五月九日東京都世田谷区建築主事の建築確認通知を受けたうえ、本件建物の建築を同会社に発注し、さらに同会社が原告に同一内容の工事を発注するという相互契約を締結し、その請負代金額を原告の起案した見積りに経費等を上載せした二億六、四五〇万円と定め、建築工事に着手していたが、本件建物の建築が五〇ないし六〇パーセント進捗して建物の設計変更が不可能となっていた段階において、西武は本件建物の設計仕様を変更せずに長谷川工務店が設計したとおりの内容の建物を完成させることとし、かつ、本件土地と本件建物の価額を個別に検討することなく、これを一括して取得することとし、本件売買を行った。そこで、原告は右相互請負契約を合意解除したうえ、世田谷区長に対し建築主を西武とする建築主変更届を提出し、引続き同様の設計で本件建物の建築工事を進行させた。本件建物代金額は右の相互請負契約における請負代金額より約一九・四パーセントの高額となっていて右相互請負契約と本件売買の各締結時の間の建築資材の価額高騰率七・二パーセントを上回ることになるのであるから、本件建物代金額は本件建物についての正当な売買(請負)代金額というべきである。
(2) また原告は駒沢の土地を売却した東急との間で昭和四八年一〇月九日同土地上に建築延べ面積二六八八・二四平方メートルの鉄筋コンクリート造地上五階塔屋一階建共同住宅(以下「駒沢の建物」という。)を三億一、八一三万三、〇〇〇円で建築する旨の請負契約を締結しているが、その一平方メートル当りの建築単価は約一一万八、三四〇円となるところ、これは前記の相互請負契約における建築単価約一一万二、六三〇円(建築予定面積は延べ二三四八・二四平方メートル)と近似しているのに、本件建物代金額による本件建物の建築単価は一三万六、一九〇円(建築延べ面積二三二〇・二四平方メートル)とはるかに高額となっているのである。
(3) のみならず、原告提出の不動産鑑定士桐山良賢作成の鑑定書によっても、本件建物の再調達原価は昭和五一年一月一日現在でもなお二億五、一六六万円であるというのであるから、これに照らしても本件建物代金額は妥当なものといえる。
(三) さらに、西武は本件建物代金額が決定されたのち、これに基づき昭和四九年一一月には本件建物の建築費を三・三平方メートル当り三六万八、〇〇〇円と算定して優良住宅の認定のための申請書を東京都知事あて提出して同年一二月その旨の認定を受け、所轄税務署に対しては本件土地を本件土地代金額で取得した旨記載した「支払調書」を提出したほか、昭和五一年五月にも本件土地及び本件建物の各売買代金は本件土地代金額及び本件建物代金額であることを記載した書面を被告に提出している一方、原告も昭和四八年一一月二八日に西武に対し右時点までに受領した四億八、二七〇万円が本件土地代金額及び本件建物代金額のうちいずれにいくら充当されたかを記載した建物についての入金が不足している旨説明したメモを提出し、追加工事代金六四三万円を含む西武からの数回にわたる入金総計六億九、六一二万三、四〇〇円がいずれの代金にそれぞれ振分けられたかを明らかにした右のメモの内容と符合する六通の領収証を同会社に交付し、昭和四九年二月には建築資材の高騰を理由に本件建物代金額を基礎としその二〇パーセントにあたる六、三一九万九、〇〇〇円の工事代金の増額を西武に要請しているのであって、原告も西武も本件土地及び本件建物が本件土地代金額及び本件建物代金額でそれぞれ譲渡されたことを前提に行動しているのである。
5 したがって原告の本件年度における本件土地の譲渡価額を本件土地代金額と認めた被告の本件処分には違法はない。
四 被告の主張に対する原告の認否
1 被告の主張1、2のうち、本件土地の西武への譲渡価額が本件土地代金額であること及び本件土地にかかる課税土地譲渡利益の金額は争い、その余は認める。
2 同3は七万六、四〇〇円を超える部分を争う。
3(一) 同4(一)のうち、原告が本件売買ののちに西武の依頼を受けて本件建物の建築工事代金を三億一、五九九万五、四〇〇円とする見積書を同会社に提出したこと及び西武との間で本件売買契約書と本件請負契約書を作成したこと、西武は原告に対し「社内事務処理上により」との理由を述べて右契約書の作成を依頼したことは認めるが、西武が右個別の契約書の作成を必要とした理由は不知、その余は争う。
(二) 同4(二)冒頭の主張は争う。
同(1)のうち、原告が長谷川工務店から本件土地を取得したこと、昭和四八年五月九日に本件建物の建築確認通知がなされたうえ原告と長谷川工務店との間で本件建物を代金二億六、四五〇万円で建築する旨の被告主張の相互請負契約がなされたこと、その後右契約が合意解除されて原告と西武との間で本件売買がなされ西武への建築主変更届が提出されたことは認めるが、その余は争う。本件売買があったときの本件建物の工事の進捗状況は全体の三〇パーセント程度にすぎず、右相互請負契約と本件売買とでは本件建物の設計・仕様は大いに異なるので、単純に請負代金を比較するのは無意味である。また右相互請負契約における請負代金は長谷川工務店の作成した見積書を根拠とするが、これは同会社がその利得を図るため不当に低額に単価を抑えた内容となっていたのであり、現実に右価額では本件建物を建築することが不可能となったため、右契約は合意解除されたのである。
同(2)のうち原告と長谷川工務店及び原告と東急との間の各請負金額及び建築延べ面積は認めるが、主張の趣旨は争う。建物自体やその設計も違い、建築資材の価格も急騰していた異なる時期の請負契約における建築単価を比較してみることに合理性はない。
同(3)は争う。
(三) 同(三)のうち、原告が昭和四九年二月に西武に対し本件建物の工事代金として六、三一九万九、〇〇〇円の増額を要請したこと及び被告主張の領収証六通を西武に交付したことは認めるが、西武が優良住宅の認定を受け、支払調書を提出し、被告にその主張する書面を提出したとの事実は不知、その余は争う。なお右の領収証は西武の要請により後日書換えさせられたものであり、また工事代金の増額要請の陳情書において本件建物代金額を基礎としたのは西武の指示によるものである。
4 同5は争う。
五 原告の主張
1 原告は西武との間で本件売買ののち本件売買契約書及び本件請負契約書を作成しているが、この個別の契約は虚偽表示により無効であって、本件土地及び本件建物の譲渡については両物件を一括して売買した当初の本件売買のみが効力をもつのである。したがって本件売買契約書に記載された本件土地代金額により本件土地が譲渡されたとすることはできない。
(一) すなわち、右各契約書は、西武において本件建物につき優良住宅の認定を受けるには措置法等の規定により建物の建築費を三・三平方メートルあたり四〇万円以下に、転売による利益を収入額の二七パーセント以下にそれぞれ抑える必要があったことから、原告との間で本件建物の売買(請負)価額を右の要件に沿う金額とする工事請負契約書の作成を企図したと考えられる西武が、原告に対し「社内事務処理上により」という理由のみを告げて本件土地の売買契約書及び本件建物の請負契約書を個別に作成するよう依頼したのに基づき、代金総額に変更がなければ自社の利益に影響がないものと信じた原告において、西武の指示による金額を記入して作成した書面であり、これに基づく各契約は原告と西武が真実そのような売買をする意思がないのにその意思があるかのように仮装することに合意したにすぎないものであり、虚偽表示により無効となるべきである。
そして被告自身、原告の本件年度の前の事業年度における法人税の更正処分におたり、本件土地の譲渡は本件売買契約書による売買ではなく、当初の本件売買によってなされたことを認めていたのである。
(二) このことは本件代金額が当時の時価に比して不当に高額とされている反面、本件建物代金額は著しく低く抑えられていて、いずれも各物件の適正な価格とかけはなれたものとなっていることからも明らかである。
本件土地の西武への譲渡価額が本件土地代金額であるとするならば、これは原告が長谷川工務店から買受けた際の代金額に比して約六三パーセントも高額となるが、原告が本件土地を買入れた時期と本件売買時との間のわずか七か月間にこのような高率の土地価格の上昇があったと考えられず、西武もかかる社会通念に反する価額で取引するとは到底いえないのである。
また不動産鑑定士篭島安夫は本件売買の時点における本件土地の価額を二億九、〇三六万一、〇〇〇円と評価し、さらに西武はのちに本件土地及び本件建物を日本電信電話公社に転売しているが、その際同公社が依頼した不動産鑑定士桐山良賢による昭和五一年一月における本件土地の評価額は二億九、五八四万七、〇〇〇円であるから、本件土地代金額は妥当な取引価額とないえない。
一方本件建物の工事原価は、従前被告も認めていたとおり、原告の工事台帳集計表記載の三億四、二一二万一、七〇六円であり、本件建物の譲渡価額は右価額に建設業者としての適正な利益を加えた三億九、七二一万〇、六〇〇円であるというべきであり、本件建物代金額も妥当な取引価額とはいえない。
(三) また本件売買の代金総額から本件建物の価額を控除した残額をもって本件土地の価額であるとすることも誤りである。代金総額の中には原告の負担すべき近隣居住者等に対する日照権・電波障害などの補償費その他の諸費用が含まれているからである。
2 したがって本件土地及び本件建物は本件売買により原告から西武に対しそれぞれの譲渡の対価が区分されずに一括して譲渡がなされたというべきであるから、本件土地についての課税土地譲渡利益は、かかる場合の土地の譲渡価額の算定方法を定めた措置法関係通達六三(二)-三に従い計算されるべきである。
(一) 右通達によれば、かかる場合、まず建物の譲渡対価として相当と認められる額を算定しその価額を一括した譲渡における対価額から控除した金額を土地の譲渡価額とするとしているところ、これに従えば本件建物の譲渡対価の額として相当な価額は前記のとおり三億九、七二一万〇、六〇〇円であるから、本件売買の代金総額からこれを控除した二億九、二四八万二、八〇〇円を本件土地の譲渡価額とすべきである。
(二) また右通達によれば、建物の譲渡対価の額として相当と認められる価額の算定が困難である場合には土地の譲渡対価の額として相当と認められる価額を算定しこれを土地の譲渡価額とするとしているが、これによれば本件土地についての譲渡対価の額として相当な価額は前記のとおり二億九、〇三六万一、〇〇〇円である。
(三) さらに実務上、土地と建物の売上合計額をそれぞれの原価の割合で按分の方法があり、これによれば本件土地の原価は二億四、〇三七万一、五八六円であり本件建物の原価は三億四、二一二万一、七〇六円であるから、本件売買の代金総額をこの割合で按分して本件土地の譲渡金額を計算すると二億、八二七七万四、七〇四円となる。
したがって譲渡対価の算出について右のいずれの計算方法をとるにせよ、本件土地の譲渡があることによって原告に本件年度における課税土地譲渡利益の生ずる余地はない。
六 原告の主張に対する被告の認否
1 原告の主張1の冒頭の主張は争う。
同1(一)のうち、西武が原告に対し「社内事務処理上により」とだけ述べて本件売買契約書等の作成を依頼したことは認めるが、その余は争う。なお原告主張の更正処分は本件土地の譲渡利益金の収益計上時期を本件年度中であるとの原告の主張を認めて減額したものにすぎず、被告が右各書面に基づく契約がありこれが虚偽表示であることを認めたことはない。
同(二)の主張は争う。不動産は必ずしも鑑定評価に基づいた価額で取引されるものでなく、その売買代金額は契約当事者の主観的事情に著しく左右されるのであって、本件では他に東急も本件土地の購入を希望していたことから西武がこれを買急いだという事情があり、本件土地代金額が時価より高額となっているのも当然である。
また原告の工事台帳集計表の金額の中には原告が本件年度において本件土地の譲渡のために要した経費として確定申告をしていた本件建物の工事原価とは認められない八、七四二万〇、六五一円が含まれているので、原告主張の金額をそのまま正当な工事原価と認めることはできないし、被告がこれを認めたこともない。かえって右の経費を差引いた二億五、四七〇万一、〇五五円という額は、不動産鑑定士桐山良賢が本件建物の再調達原価と評価する二億五、一六六万円と近似し、この程度の金額が本件建物の工事原価というべきであり、本件建物代金額は原告の利益も十分に考慮されている額というべきである。
同(三)は争う。
2 同2の主張は争う。原告主張の通達等に基づく土地の譲渡対価の算定方法は、土地と建物とが一括して譲渡されその譲渡価額が明らかにされている場合にこれを適用する余地はない。
第三証拠
本件記録中、書証目録、証人等目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因1の事実(本件処分の経緯)並びに駒沢の土地にかかる課税土地譲渡利益金額が被告主張のとおりであること、原告が西武に対し昭和四八年九月二九日本件土地及び本件建物を代金総額六億八、九六九万三、四〇〇円で一括して売渡し、昭和四九年六月三日に引渡しが完了したこと、その後原告と西武との間で本件土地を代金三億七、三六九万八、〇〇〇円で売渡す旨の本件売買契約書及び本件建物の建築工を代金三億一、五九九万五、四〇〇円で請負う旨の本件請負契約書が昭和四八年九月二九日付で作成されたことはいずれも当事者間に争いがない。
二 被告は右各契約書に表示された金額は本件売買における本件土地及び建物の各譲渡価額として売買当事者たる原告と西武が明らかにしたものであり合理的な金額であると主張しこれをもって本件土地にかかる課税土地譲渡利益の算定の根拠とするのに対し、原告は右各契約書は虚偽表示によるものでありその記載にかかる各金額は当事者の真意に基づかない根拠を欠く価額にすぎないからこれに基づいて本件土地に係る課税土地譲渡利益を算出することはできないと主張するので、この点につき判断する。
1 右争いのない事実並びに成立に争いのない甲第四、第五号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証、第六号証の一、二、第九、第一〇号証、第一一号証の一ないし六、原告代表者尋問の結果により原本の存在及び成立を認める甲第一〇号証の一ないし三、証人武田恒男の証言により原本の存在及び成立を認める乙第六号証の三、第一二号証の一、二、証人亀田幸作の証言により成立を認める甲第八号証、証人谷口正雄の証言により成立を認める乙第一八号証、同証言により原本の存在及び成立を認める乙第七号証の二、証人田中隆昭の証言により原本の存在及び成立を認める乙第七号証の一、証人田中隆昭、亀田幸作(後記措信しない部分を除く。)谷口正雄の各証言、原告代表者尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、西武は先に取引のあった原告から本件土地及び本件建物の買受けを求められたが、両物件は既に東急もその購入を企図していたことから、その取得を望んだ西武においては早急に売買代金額を決定する必要に迫られ、同会社において本件土地の具体的な評価や本件建物の建築工事代金の見積りなどの手順を省略し、両物件を一括して原告の提示した六億八、九六九万三、四〇〇円で買い受けこれに金利等の経費を負担してもなお一億円以上の転売利益が見込まれるとの判断のもとに、右代金で両物件を買受けけることを決め、本件売買を行ったこと、その後西武は本件建物につき優良住宅の認定を受けて措置法による税の軽減等をはかるためには本件建物についての建築工事代金を確定する必要があったことから、西武の担当者田中隆昭から原告に対し、
「社内事務処理上により」とだけ理由を述べて前記売買代金のうち本件建物及び本件土地の各代金に相当する金額を明らかにするよう申し入れたこと(西武が原告に右の理由のみを告げてかかる申入れをしたことは当事者間に争いがない。)、右申入れを受けた原告の常務取締役亀田幸作は両物件の代金額を個別に明らかにする理由は察知できなかったものの、原告に格別の不利益もないとの判断のもとにこれに応じ、部下指示して本件建物の建築工事代金を三億一、五九九万五、四〇〇円と算定させその根拠となる詳細な見積書も作成させて西武に対し提示、提出したこと、西武においては右価額をもって、本件建物について建築費が三・三平方メートルあたり四〇万円以下、転売による利益が収入額の二七パーセント以下という優良住宅の認定のための要件にかなうものであったことから、原告との間で本件建物の建築工事代金を右価額とする本件請負契約書及び本件土地の売買代金を本件売買の代金総額から右価額を控除した本件土地代金額とする本件売買契約書を本件売買の締結された日である昭和四九年九月二九日付で作成したこと、そして西武は本件建物代金額から優良住宅の認定のうえで建築費に含まれない冷暖房設備工事費等の合計五、三九二万二、一五四円を控除し、本件建物の建築費を三・三平方メートル当り三六万八、〇〇〇円(建築延べ面積二三四八・二四平方メートル)と算定して、昭和四九年一一月二二日付で優良住宅の認定の申請を東京都知事に対し行い、同年一二月一三日にその認定を受け、また所轄の税務署長に対しては本件土地を本件土地代金額で取得した旨のいわゆる「支払調書」を提出したこと、一方原告も昭和四八年一一月二八日ころまでに西武から受領していた本件売買の代金のうちの四億八、二七〇万円が本件土地及び本件建物のいずれの代金に充当され、かつ本件建物の工事の進展の度合いに比べ、建築代金に充てるべき入金が不足している旨を説明し、入金を要請したメモを西武に提出し、昭和四九年二月には西武に対し「石油ショック」による建築資材の価額高騰を理由に本件建物の建築費の増額を要請するにあたり、本件建物代金額基礎としその二〇パーセント相当の金額の上積みを求め(本件建物代金額の二〇パーセントに当る金額の増額を求めたことは当事者間に争いがない。)、また西武に対し同会社から分割して支払われた代金額が本件土地及び本件建物のいずれの代金に充当されたかを明らかにした領収書六通を発行しており(右領収証の発行は当事者間に争いがない。)その内容は前記のメモのものと一致すること、以上の事実が認められる。これに対し証人亀田幸作は「本件土地と本件建物の金額について西武の田中隆昭より適当に分けてもらいたい。半々でも四分六分でもよいといわれた。」旨、原告代表は「西武から亀田に対し本件建物の金額を三億一、五〇〇万円とするよう指示があった。」と供述する。しかし両名の供述を対比してみても、本件建物の建築工事代金額が西武の指示により具体的に決定されたか否かについてくいちがいがあるばかりか、右各供述部分は証人田中隆昭の証言と対比してにわかに採用することができない。
右認定の事実によれば、本件請負契約書に示された建築工事代金額は西武の一方的な指示ないし示唆により決められたものではなく、原告が積算して西武に提示した金額に基づき決定されたとみるべきである。そして、本件売買の契約当事者である原告と西武は、その作成の主観的動機は異なるものの、各契約書を作成した以後はそこに記載の各代金額が本件土地及び本件建物の譲渡価額に相当するものとして認識し、かつこれに従って行動しているのであるから、本件請負契約書に示された建築工事代金額が根拠のない不合理な数値であり、したがって、代金総額から右金額を差引いて算出された本件売買契約書に示された本件土地の代金額もまた根拠のない不合理な数値であると認められない限り、これにより本件売買における両物件の価額が明らかにされたというべきであり、右各契約書の記載を虚偽表示によるものということはできない。
2 そこで、本件請負契約書に示された建築工事請負代金額が根拠のない不合理な数値であるか否かについて検討する。
本件土地がもと長谷川工務店の所有であり、これを原告が買受けたうえ、昭和四八年五月九日原告と同会社との間で本件建物の建築工事につき最終的に原告を請負人とする相互請負契約が請負代金額二億六、四五〇万円で締結され、その後本件建物の建築途上でこれが合意解除され、改めて本件売買がなされたことは当事者間に争いがないところ、右事実並びに前掲甲第四号証、乙第一〇号証、成立に争いのない乙第一六号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証、乙第八号証、証人武田恒男の証言により成立を認める乙第一三号証の一、第一五号証の一、二、同証言により原本の存在及び成立を認める乙第一三号証の二、三、第一四号証によれば、右の相互請負契約と本件売買とでは本件建物の設計・仕様がほとんど一致し、本件売買のあった時点では本件建物の建築工事は、五、六割程度の進捗をみており、建築確認についても建築主を右の相互請負契約における原告から西武に対し変更する旨の建築主変更届を提出したにとどまっていて(この点は当事者間に争いがない。)、右相互請負契約と本件売買とでは本件建物の建築についてはほぼ同一の内容の工事請負があったと考えられるのに、本件建物代金額は本件売買の約五か月前に締結された右相互請負契約における請負代金二億六、四五〇万円を基礎とし、これを約二〇パーセント増額したものであるが、右の増加率は昭和四九年版建設白書によるこの間の建設資材価格の騰貴率七・二パーセントをはるかに上回ること、右相互請負契約における請負代金の算定は長谷川工務店作成の詳細な見積書により行われたのであるが、右の見積額の中には請負者の利益も含められており、右見積額を不合理とする特段の事情も見当らないばかりか、さらに右請負代金が合理的なものであることは原告が本件売買の日と接着した昭和四八年一〇月九日東急との間で駒沢の土地を売渡すとともに同地上に本件建物と同様のマンションである延べ面積二六八八・二四平方メートルの駒沢の建物の建築を請負う旨の契約をした際の請負代金額が三億一、八一三万三、〇〇〇円であり(この請負代金額と建築延べ面積は当事者間に争いがない。)その一平方メートルあたりの建築単価が約一一万八、三四二円となって、右相互請負契約における建築単価一一万二、六三七円と近似することからも推認されること、しかも本件建物代金額による本件建物の建築単価は一三万六、一九〇円(延べ面積二三二〇・二四平方メートル)となって右の各単価を上回ること、不動産鑑定士桐山良賢は日本電信電話公社の依頼により昭和五一年一月一日現在の本件土地及び本件建物の価額を鑑定したが、本件建物の再調達原価については二億五、一六六万円と評価していることが認められ、右認定に反する証人亀田幸作の証言及び原告代表者尋問の結果は措信できず、他にこれを覆すに足りる証拠はなく、右事実によれば本件建物代金額は本件売買当時の本件建物の建築工事代金としては根拠のない不合理な数値であるとはいえず、むしろ合理的な金額と認められる。
なお原告代表者尋問の結果により成立を認める甲第一一、第一三号証には本件建物の工事原価は三億四、二一二万一、七〇六円であるとの記載があるが、右甲第一三号証、成立に争いのない乙第二〇号証並びに証人谷口正雄の証言によれば、右工事原価の中には原告が本件年度に本件土地の譲渡の経費として申告した合計八、七四二万〇、六五一円(手数料三、九九二万七、〇三三円、諸税公課三〇〇万五、〇九九円、支払利息二、九三三万六、三二二円、保証料一、五〇三万五、六三〇円、交際接待費一一万六、五六七円)が含まれていることが認められるから、これを差引いた本件建物の工事原価は原告の計算によっても二億五、四七〇万円余となるというべきである(被告が原告主張の額を本件建物の工事原価として従前認めていたことを証する証拠もない。)。
もっとも前掲甲第一五号証並びに原本の存在及び成立に争いのない乙第二一号証の一、証人籠島安夫の証言により成立を認める甲第六号証によれば、不動産鑑定士籠島安夫は本件売買当時の適正価格を二億九、〇三六万一、〇〇〇円と評価し、不動産鑑定士桐山良賢は昭和五一年一月一日現在の本件土地の価格を二億九、五八四万七、〇〇〇円としたうえ本件土地及び本件建物の一体としての再調達原価を六億四、四七一万七、〇〇〇円と評価していること、昭和五一年三月五日西武は日本電信電話公社に対し本件土地及び本件建物を総額五億四、二〇〇万円で売渡していることが認められ、本件土地代金額は当時の時価を著しく上回っていることが窺える。しかしながら一般に土地の取引価額は取引当事者の主観的事情に左右されるところが大きく、本件売買では東急も買手として競合していたため西武が買急いだことは前認定のとおりであり、また証人田中隆昭の証言によれば原告は本件売買に先立って西武から他のマンション用地を買受けていたが近隣住民との日照権をめぐる紛争が収拾せず当初の約束に従いこれを西武に売戻す交渉をする中で本件売買を締結することにより右の売買を解除しない約定がなされたことが認められる(右認定に反する証人亀田幸作の証言及び原告代表者尋問の結果は採用しない。)のであるから、本件売買の代金総額が全体に高額となり、右代金総額から前記のとおり合理的に定められたと認めうる本件建物代金額(建物の工事代金は土地の取引価額に比し当事者の主観的事情に左右されずに定められるといえる。)を控除して得られた本件土地代金額が高額となったこともやむを得ないところであり、右事実は前記の本件建物代金額の認定の妨げとなるものではない。
また原告は本件売買の代金総額のうちには、原告が負担した本件建物による日照阻害や電波障害等に対する近隣住民への補償費も含まれているから、右代金額から本件建物代金額を控除した額をもって直ちに本件土地の売買価額とすることはできないと主張し、原告代表者尋問の結果中には近隣数軒に対し最高は一〇〇万円単位で右の補償をしたとの供述があるが、右供述はあいまいで補償に対する領収証等の提出もなく、前掲甲第一三号証により認められる二〇万円及び四〇万円のほか修繕費名目での数万円の各支払いのほかに、かかる多額の負担がなされたとは考えられないから、たやすく措信できず、他にこれに沿う証拠もなく、原告の右主張は理由がない。
3 以上のとおり本件土地代金額及び本件建物代金額はいずれも本件売買における本件土地及び本件建物の各譲渡価額として合理的な金額であって、右各金額が当事者の真意に基づかない根拠を欠く金額ということはできないから、本件売買契約書及び本件請負契約書の記載を虚偽表示によるものということはできない。
したがって、本件土地の西武への譲渡価額は本件土地代金額と認めるべきであるから、本件土地に係る課税土地譲渡利益金額の算定につき本件土地代金額を基礎とした被告の本件処分には違法な点はない。
三 右の次第で原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 満田明彦 裁判官 菊池徹)
別表
<省略>